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作成日 2007年6月
Produced by Masaharu Kawamura (川村正春、初枝、茶トラのチャーチャ)
2007年4月5月の写真です。
多摩川園近くの桜です。毎年、下丸子から二子玉川まで歩きます。桜と見物の人々が、その土地の性格を持っていて、とても興味深いのです。私は、下丸子の辺りより、多摩川園より少し上流にいった地域の桜と人々の雰囲気が好きです。 埼玉県幸手市権現堂の桜と菜の花。今年初めて、この場所に行きました。多摩川の桜も、そうだったですが、今年の桜は良くないですね。本当に満開の時、又、ここを訪れたいと思いました。 港北ニュータウンの南の外れにある緑道。テレビで報道されていたので行って見ました。こんな所があるとは、初めて知りました。桜とチューリップと水仙が、同時に咲いています。IKEAからララポート横浜に行く川沿いの桜並木です。 東扇島西公園の釣り。とんでもないあたりがあったと思ったら、サメ。お尻が写っているこの釣り場の主が食べられるというので、レシピを教わったが、やっぱりにおいがあって美味しくなかった。
4月27日。ゴールデンウィーク直前の47ゲレンデのR1コース。今年は雪が少なかったので、八方尾根のベースと白馬村には全く雪がありません。このコースもゴールデンウィークには、もう滑ることが出来ませんでした。でも、47スキー場は、5月6日の最終日まで、ゴンドラからのコースを守り続けたのは見事でした。 2ヶ月ぶりに訪れたが、みんな、気持ちよく歓迎してくれました。この写真は常連の女性スキーヤー達です。なんか自分の田舎に帰ってきたような、ほっとする雰囲気があるシニアクラブなのです。 5月2日。この日は雨でしたが、楽しみは中止をしないのがシニアクラブ。雨でも常連さん達が集まりました。朝、山菜を山のように採ってきた人もいて、焼肉、魚介類も含めて、美味しいものがたくさん。持ち込みのお惣菜も嬉しい。本当はゴンドラ山頂でやりたかったのですが、雨だったのでベースのアリスというレストランのテラスをお借りしました。それにしても、この年寄り達は、みんな良く食います。 メンバーの人が、この日の朝、険しい山に入り山菜を採ってきてくれたそうです。新鮮なモミジガサとコゴミ。この写真は、ほんの一部なのです。この日から、モミジガサが私のお気に入りになりました。後で調べてみると、モミジガサは猛毒のトリガブトと類似しているので、素人は採取しないようにと書いてありました。このメンバーの人は山登りをやっているので、色々なことを、とても詳しく知っているので大丈夫でした・・・ね? 47スキー場の社長が採ってきたというアスパラガスを天麩羅。アスパラガスの天麩羅って、初めて食しましたが最高の美味でした。塩あるいは、味噌を少し入れたマヨネーズで食べます。甘味が出て、本当に美味しいですよ。 47スキー場の社長が採って来たタラの芽の天麩羅。これは間違いなく一番芽です。友人に言わせると、1番芽以外は食べないそうです。私は何番芽だろうが、美味しいのですが。ただ、全部採ってしまうとタラが育たなくなってしまうので注意が必要です。写真のものは、本当に大きくてホクホクしている。東京で食べる葉っぱと細い茎のものとは大違いです。ちなみに今回の滞在では、タラの芽を飽きるほど食べました。自分で採取できるようになりました。タラの芽だけは、分別できるようになったのです。間違って類似のウルシの芽を採ると病院行きだそうです。 雪が全くありません。左端に写っている2月に宿泊したコンドミニアムも寂しそう。2月の写真(前回のHP参照)と比較すると面白いです。五竜スキー場は、それでも連休中は営業していました。ゴンドラで上がった所は、まだ雪が残っていたので。スキー場が終了すると、一斉にお花を植えます。初夏は、お花畑で観光客を呼びます。 今回は高山植物も勉強しました。この花は、白馬47スキー場のベースにありました。急峻ながけに生えるそうで、本当に登ることができないようなところに群生していました。シニアクラブの写真家の方が見つけて、バーベキューパーティを抜け出して皆で見に行きました。つぼみのうちは、ピンク色です。(左下参照) 栂池の落倉湿原を歩きました。と言っても、それ程の距離ではないですね。水芭蕉と言えば尾瀬ヶ原の湿原ですが、この当たりでも見ることが出来ます。後の写真の居谷里湿原でもたくさん見ました。戸隠の湿原も有名だそうです。何処に行ったら何が見れるかは、シニアクラブのメンバーから教わりました。みんな自然が大好きです。 日本独自の種、シラネアオイの大きな綺麗な花です。花びらにルリクビボソハムシがとまっています。この羽虫はとてもきれいなので好む人もいます。場所は、白馬五竜スキー場のカタクリ園で、たった一輪咲いていて、とても可愛かったのです。 白馬五竜スキー場近くのカタクリ園にて。一つの茎から二輪の花が咲くことから名付けられた。山菜としても癖がなく、とても美味しい二輪草。でも、ここでは当然ながら、採取できません。
姫川源流にて撮影しました。佐野坂スキー場の駐車場からすぐに行けます。北アルプスからの湧水は、ちょうど富士山からの湧水、柿田川のようにあくまでも澄み切った清らかな流れがここから始まります。こんな国道の近くに見所があるなんて、今まで何回も通っていて気が付きませんでした。この花は、裂開した果実が猫の目のように見えるので、この名前になったと言うことです。群生しているので、とても面白く見えます。 姫川源流にて。近くで本格的な写真をとっていた人が、バイカモを見ることが出来るなんて本当に幸運だと言っていました。あくまでも清らかな水にのみ群生するそうです。梅花藻という名前は、花の形が梅花状であるからとのこと。 姫川源流にて。この橋のたもとから水が湧き出ています。冷たく清らかな水の流れがバイカモの緑と白い可憐な花をより一層美しくしています。 姫川源流にて。この花も葉も食べることができるそうです。残念ながら、採取することも購入することも出来なかったので、今回は味わうことができませんでした。カタクリは古く万葉集にも読まれ、堅香子(かたかご)がカタクリであるというのが定説になっています。かたかごとは、傾いた籠、すなわち籠状の花が下向きに傾いて付いているところから名付けられたと言われています。従って、下から写真を撮らなくては、きれいに写すことはできません。昔、鱗茎からデンプンをとり、カタクリ粉といって食べたそうです。今のカタクリ粉は、もちろんジャガイモですが。 姫川源流の隣にある親海(およみ)湿原にて。水中から茎を立てて3枚の葉を広げる様が家紋の「三柏」に似ているところから名付けられたそうです。氷河期の遺存植物の一つと言われています。 木崎湖の近くにある居谷里湿原にて。これは見ての通り、お堂の中に座禅を組んでいる坊さん一人。外国では、スカンクキャベッジと呼ばれるように悪臭があるそうです。今年はザゼンソウの花が少ないといいます。地元のカメラマンから聞いた話では、暖冬のため熊が下りてきて、ザゼンソウの芽を食べつくしたからだそうです。熊はスカンクではなく、キャベッジを選んだ? 居谷里湿原にて。ここにはリュウキンカの群生がたくさんあります。黄色の群れが透明な水に浮き、見事なコントラストになっています。立金花と書き、黄金色の花が立ち上がって咲くことから名付けられたようです。水芭蕉もきれいですね。
釣堀の写真です。左端から二つの入水口があります。二つの川から雪解け水を池に入れています。温泉で言うと、所謂100%掛け流し。池の水の循環はしていないので水が透明。だから魚が綺麗です。イワナとヤマメが2000匹。養魚場のようにたくさん泳いでいます。これで釣れなかったら腕が悪い? といっても、イワナやヤマメは餌取りがすごく上手。そうやすやす釣れるものではありません。だから釣りは、面白いのです。北アルプスの雪山を背景にして、ここにいるだけでも幸せです。 右側がオーナーの福田さん親子。左側は、初枝を挟んで、お手伝いをお願いしている美人の草間さんと何でもできる縣さん。皆さんにとっても良くしてもらいました。 連休の一番忙しい3日間は、初枝はレストランのレジをお手伝い。レジといっても、飲み物の用意とか、放送とか、ピーク時間はとっても忙しかったようです。この日の昼食は3時過ぎ。やっぱりお客様商売は大変です。お店屋さんごっことは違います。ちなみに、ここでのお勧めは、オーナー自慢のマイルドなコーヒー、こくのある味のソフトクリーム、これぞリンゴの味のリンゴジュース。 私の方は、忙しい3日間は魚釣りのレジをお手伝い。レジといっても、釣ってもらったお魚をお持ち帰り用に包んだり、縣さんがさばいたお魚を炭焼き場に運んだり、炭火を絶やさないように追加したりで、やはりピーク時間はとても忙しかったです。この写真を見てみんなが言います。妙に、この場にとけ込んでいるって。 わたしゃ釣堀のオヤジか? この忙しい3日間は、みんなで原色のソムリエ・エプロンをしました。ちょっと、お店屋さんごっこ風で、楽しかったですよ。 ピーク時の釣堀の状態です。いつもこの状態だと、儲かってしょうがないのですが。ウィークディは、さっぱり。 福田さんゴメンネ。 ここのお客さんは、子供達を遊ばせるファミリーが中心です。ここは、宣伝をしていないので、偶然通りかかった人か、インターネットで見つけた人たち。リタイア組のお客さんはいません。でも、美味しい川魚が食べられるし、コーヒーもうまい。平日なら何時間でもいられます。私達には、ぴったりのオアシスだと思うのですが。リタイア組に上手に情報を流す方法はないですかね。 広い芝生の遊び場があります。真中の二つの屋根だけの建物はバーベキュー場。右端は炭火の魚焼き場。左端はレストランと厨房。建物の奥が釣堀の池です。その向こうが、広大なリンゴ畑。撮影している手前側もリンゴ畑が広がっています。ここで、のんびりしているだけで、癒されますね。名古屋から来た70歳のお客さんと話をしました。孫を連れて家族3世代の大家族で遊びに来たとの事。この大自然の中で、孫に釣りや新鮮な川魚を食べさせてやりたかった。ここは、本当に良い所。椅子に座って雪山を眺めているだけで、それだけで幸せを感じると。私に対しても、こういう所で、のんびりお手伝いをさせてもらうなんて、なかなか出来ないこと。良いお友達がいて良かったですねって、言っていました。 炭焼きコンロが10箇所あります。忙しい時間帯は全部のコンロに火を入れて、火力を強くしておく必要があります。焼き加減はお客様にお任せ。本当はゆっくりじっくり時間をかけて焼くほうが美味しいのですが、なかなか待っていられません。ちなみにイワナやヤマメは臭みがなく、とても美味しい。天然ものと区別できる人はいないのでは。高級料亭や旅館で出される魚とは比べ物になりません。 この魚は、私が1時間くらいかけて釣り上げたイワナ3枚、ヤマメ3枚です。私達は押しかけ手伝いで、アルバイトではないのでちょっとだけ遊ばせてもらいました。釣りをしなくても、このお魚を味わうだけでもここに来た甲斐はあります。ちなみに、ここでの魚釣りは、プロ並みになりました。1匹釣るのに3分とかかりません。 オーナーの福田さん親子とバーベキュー。こんなバーベキューのテーブルが8箇所もあります。焼き肉や魚介類、焼きそば、野菜などを鉄板で焼いて楽しむことが出来ます。 山側のリンゴ畑です。品種は富士。ちょうど花が咲き始めました。これだけのリンゴを育てるのは、とても大変だと思います。詳しくは「森の果樹園」のHPをご覧下さい。リンゴは、ちょっとしたキズでも売り物にはならないとのこと。そんなリンゴを森の果樹園やウィンドマウンティンに来られたお客様にサービスしています。一人で何個でも持っていって良いと言っても、そんなにたくさん持っていく人はいないものですね。5月のこの時期だと、秋の収穫から半年も過ぎていますが、リンゴは低温保存しているので、その美味しさはかなりのもの。さすがに、シャキシャキ感は、少なくなっていますが。 リンゴの花は、つぼみのときはピンクがかっています。初々しくて、とても可憐な雰囲気。雪山の清潔感と良く似合います。 リンゴの花が咲きました。これは谷側の果樹園で撮影しました。花の時期は、ほんの少しの期間。満開を見ることは桜より難しいのでは。この時期から果実を収穫するまで、農家の苦労は本当に大変です。 この場所は、バス停の名前が「夫婦岩」。森の果樹園の向いには、大きな二つの岩が太い綱で結ばれています。そして、その傍らの石版にはこう書かれてあります。神が住まう山と崇められ「安曇野高天原伝説」の中心となった有明山の参道に位置する一対の大岩は古くから「夫婦岩」と呼ばれて当地の人々の間で大切に祭られてきました。当地が夫婦岩と呼ばれる所以ともなっています。神々の住まう山とされる有明山にあった大小二つの岩は中房川の流れにその仲を割かれ、別々に幾年を経てようやく寄り添うことの出来た”めぐり愛の岩”です。「月がこの岩の上空に掛かる時、岩の前で二人の愛を誓うと、その愛は神々によって永久に守られる。」「中房川の小石に二人の名前を書き、奉納すると遠く離れていても、いつか必ずめぐり合うことができる。」というロマンティックな言い伝えも生まれています。
森の果樹園から歩いてすぐのところに中房川が流れている。燕岳を源として中房温泉を経由する。流れが速いため水もきれいです。このような美しいところが至る所に存在します。安曇野の豊かな田園は、多くの川の流れによって保たれます。水のある景色、それが安曇野。
この川は森の果樹園のすぐそばを流れていて、林の中をかなり早い流れで下っています。この林には、たくさんの別荘が建てられています。静かな別荘地に、水の流れる音と小鳥の囀りだけが聞こえます。 上の写真の川は林を抜けると田園地帯に入ります。その川は用水路となり、田畑を潤します。その景色がいかにも安曇野です。この日は、森の果樹園から、川沿いに田園地帯まで、往復3時間の散歩をしました。 この場所も森の果樹園のすぐそばにあります。町指定文化財「鐘の鳴る丘集会所」。説明看板にはこう書いてあります。「戦後の暗い世相に、人間のあたたかい愛と明日への希望のともしびをかかげようとした、菊田一夫原作「鐘の鳴る丘」は、昭和22年から600回にわたりNHKから放送されました。「緑の丘の赤い屋根 トンガリ帽子の時計台 鐘が鳴りますキンコンカン…」一世を風靡し、今もなお多くの人々によって歌い継がれている主題歌の懐かしい一節です。この放送の舞台となった建物が鐘の鳴る集会所です。戦前は有明温泉の旅館、昭和21年からは青少年厚生施設、昭和55年からは、この地に移転保存されたとのこと。 この場所も森の果樹園のすぐそばにあります。本当に少し歩くだけで自然がそのまま。そして、注意書きが書いてあります。 「熊に注意」 福田さんは昨年秋に、50回以上、熊を見たとのこと。私達はラジオの音を鳴らしながら歩きました。道端にはタラの芽が生えています。この日の夕食のおかずも山のようなタラの芽てんぷらでした。 安曇野の東側の山にある花農場。ラベンダーがメインなので、5月の時期はちょっと寂しい。谷間にあって、菜の花が咲き、景色は中々良いのだが、残念なことに管理が非常に悪い。予算を使うために造りました。それだけです。民間の管理だそうです。山深いところなので野生のキジがいました。 安曇野に旅行する人がほとんど訪れる場所。駐車場も広く大型バスもOK。バスツアーの定番です。さすがに綺麗に管理されていて、わさびがどのように作られているのかが良く分かります。きれいな水とわさびの一本一本に新鮮な水を流す導水路の規則正しい模様が綺麗です。 ここを見学するほとんどの人が注文する「わさびソフトクリーム」。でも全くクリーミーではありません。わさびの香りが少しはしますが、これがソフトクリームって疑いたくなります。入場料の代わりと考えるべきかな? わさび栽培のこんな近くのところまで見学できるのは、本当に嬉しい。わさびの濃いグリーンの葉の中の白い小さな花がかわいい。透き通った雪どけ水は、非常に冷たい。 この風景に絵筆をとる人が多かった。もちろんカメラも。わさび農園の隣に流れている川、そして水車。透き通った水中に藻の緑が春を感じさせる。
安曇野からのランドマークは常念岳。この時期、常念坊の雪形ができます。ということは最も安曇野らしい時期だということかな? 上高地を世に知らしめたウォルター・ウェストンが常念岳に登ったのは明治27年の夏。彼は言ったという。「松本付近から仰ぐ全ての峰の中で、常念岳の優雅な三角形ほど、見る物に印象を与えるものはない。」と。 さすがに国営だけあって管理が行き届いています。広い敷地には植物が規則正しく配置されています。人工的な大きな箱庭ですね。 ちょっとお金のかけ過ぎかな? 特に、たくさんの池はやり過ぎでは? 現在、ここより少し北側に、もう一つの国営アルプスあずみの公園を造っています。平成21年に完成予定だそうです。道路も拡張工事をするといいます。また、この施設と同じくらい、多くの税金をかけて造るのでしょうか。 シニアクラブの知人が、その工事で、冬のスキー代を稼いでいるので、その恩恵を受けてはいるのですが。 このハンモックは、なかなか良いと思います。のんびりお休みできます。こういうのが一番自然と調和する。景色と人との調和、癒されますね。 菜の花と常念岳。説明の要らない春の安曇野です。 広い遊び場があり、子供達が遊んでいます。いいですね、こういう風景は。これが公園だと思います。立派な建物や人工的なものは必要ないでしょ。この公園は、国営の良い所と悪いところが同居しています。フットパスがあれば自然を満喫できます。広い芝生があれば子供達が勝手に遊びます。 安曇野の東、北アルプスとは逆側の長峰山から眺めると、安曇野の街と北アルプスが美しく見えます。常念岳は左の山。 長峰山は展望台まで車で登ることができます。本当は日の出に来ると、真っ暗な街の向こうに朝焼けの北アルプスが見れるのですが、暗いうちから起きて出かけるのは、大変です。 前の写真の左側を写しています。高速道路が右側に折れています。長野に向う豊科インターの当たりです。前の写真とともに、高瀬川、穂高川、梓川の三つの川が合流して犀川になる場所で、幅広い平野になっています。つまり安曇野です。 常念岳に近づきたくて、北アルプスに向かう林道を走りました。丁度雪解けの時期、二つの道が工事中のため、登山口までいけませんでした。満願寺の道だけが、やっと山奥まで通じていました。淺川山の1700mの所まで登ると、ここでも山崩れをしていました。 1700mからは、常念岳が目の前に見えます。角度が違うため雪形の常念坊が、らしくありません。この道は、ほとんど舗装されているのでお勧めです。最後にダートはありますが。 このサイクリングロードは全長15Kmの自転車専用道路。拾ヶ堰(じっかせぎ)という用水路に沿って走る快適な舗装道路です。この長いサイクリングロードの真中当たりに堀金の道の駅と公園があり、車を駐車させることが出来ます。この日も空気が乾いていて常念岳がきれいです。 車を駐車した公園にあった藤棚。良い香りと景色が調和しています。 安曇野らしい風景です。とっても気持ち良い。ほとんど対向する自転車はありませんが、たまに来る人と笑顔で挨拶を交わします。拾ヶ堰は安曇野のど真ん中を流れていて、古く江戸時代の完成だといいます。高速道の梓川SAの辺りから安曇野の中心を通りJR有明駅の近くで終了します。山が多く水が豊かでありながら、東西に大きな川が流れる真中の場所では、水の便が悪い。そんな地帯に田園を作るための運河が拾ヶ堰。当時、僅か3ヶ月で完成させたと言われています。 蓮華畑、自転車道、雪形が残る常念岳。春ですね。この拾ヶ堰沿いの安曇野やまびこ自転車道は、本当にお勧めです。安全、快適、良い景色。安曇野を感じるためには最適です。 大町の山岳博物館の道を登ると鷹狩山です。この山頂も車で行けます。ここから見る北アルプスは、後立山全体を見渡せます。物凄く感動的な景色です。この続き6枚の写真は左から順番に写しています。真下の街は大町。安曇野の街はこの写真のもっと左側です。常念岳の形は、No43の写真とは、全く異なります。これは、ほぼ真横から見ているからなのです。2つの峰の左側、前常念の左側の面が雪形の常念坊になるところです。 燕(つばくろ)岳の手前の谷に中房温泉があります。中房温泉の手前には大きな登山者用駐車場があり、燕岳登山口があります。写真手前の工場が南大町駅前の昭和電工です。 大町ダムは高瀬川にかかっています。この景色では高瀬川の上流は大町ダムから左側の谷沿いを登り、烏帽子(えぼし)岳の真下に繋がります。その辺りが高瀬ダムということになります。そして、前の写真の唐沢岳の地下に新高瀬川発電所があります。 蓮華岳の右側(大町ダムとは反対側)の谷沿いに進むのが、黒部アルペンルートの入り口、扇沢駅に向う道路です。あの有名な黒部第四ダムは、赤沢岳の向こう側になります。こうやって見ると、黒四に行くのなんか簡単に見えます。確かに乗り物を使えば簡単ということで、この日は高瀬ダムと黒四ダムの両方に行ってしまいました。 この写真からは大町より北側になります。平野側は木崎湖、青木湖から白馬村に進みます。北アルプス側は3つの峰の爺が岳、美しい2つの峰の鹿島槍ヶ岳という順になります。その麓に大きなスキー場が登場します。私の去年の冬のHPには、鹿島槍ヶ岳スキー場から見た美しい鹿島槍ヶ岳の写真を見ることが出来ます。 最後の北アルプスの写真は、私の今年の冬のHPでたくさん登場した山々です。麓に白馬五竜スキーがある五竜岳。八方尾根スキー場から尾根伝いに登る唐松岳。栂池スキー場などが麓にある白馬(しろうま)岳と白馬(はくば)三山。私はこの鷹狩山から見える景色が大好きです。そして、その麓の町や村の雰囲気も。人々の暮らしは、四季の変化において、山々の恩恵を受けながら、時には、山の厳しさを味わいながら、人類の歴史の中で長く続いてきました。そんな真面目な生活、そこから生まれる暖かい気持ちも、この景色を見ていると納得できるのです。 大町の街を山側に少し進むと、東京電力の高瀬川テプコ館があります。高瀬ダムに行くためには、このテプコ館にダム見学の予約を入れる必要があります。この約2時間の見学は専用バスでしか行けず、且つ無料であるため大変人気があります。この写真は、その専用バスの終点、高瀬ダム。ロックフィル型のダムは全く動きがありません。ダムの水は温泉の硫化水素のため、深い緑色。ダムの底部から水を取り、唐沢岳の地下にある新高瀬川発電所に水を送ります。発電所から出た水は、再び高瀬川に戻り七倉ダムに溜まります。そして夜間、深夜電力(原子力や火力による電力)を使い、発電機を逆回転させ、七倉ダムから高瀬ダムに水を戻します。これが揚水型の発電システムです。 ここからちょっと行けば、とんがり帽子の烏帽子岳に行けそうです。でも行った人の言葉を借りると、「二度と行きたくないくらい厳しい登り」だそうです。このテプコ・バスツアーでは、発電について、いろいろ学べます。揚水型発電は、一見効率的と思えますが、矛盾も感じます。つまり、夏の甲子園の時のような、年間最大電力のために、このシステムがあるのです。原子力や火力発電は、必要なときにすぐに発電できません。水力は、必要なときに水を流せばすぐに電気を作ることが出来ます。だから、地球の資源を使わない水力発電は、普段は止まっています。資源を使う原子力や火力は、年中動いています。動いているどころか、夜間は必要もないのに発電をして、無駄に資源を使っているということです。現代文明の生活を守る為には、これしかないのかもしれませんが、これが本当に現代文明なのでしょうか。 ダムの一番奥に展望台があって、そこから槍ヶ岳が見えます。本当に小さくしか見えないのですが、それがいい。北アルプスの中にいるという実感があります。高瀬ダムには、たくさんの土砂が溜まります。その土砂を取り除き下まで運ぶ為に、36台の大型ダンプカーがひっきりなしに毎日動いています。年間数えるくらいにしか動かない発電所のために。 とうとう黒四まで来てしまった。早朝、鷹狩山から北アルプスを把握して、高瀬ダムに入り込み、また大町まで戻り、名物・昭和軒のソースカツ丼を食べて再び山に入ってきました。後ろに写っている山は立山。その向こうは雪壁の室堂です。ライブカメラで、室堂の様子も見ることが出来ます。観光カメラマンに、この写真をとってもらいました。先ずは、商売用のカメラでも撮影したいというのでお願いしました。次に、私のカメラでこの写真をとって貰ったら、もう最初のプリントが出来ていました。デジタル写真は、これが出来ます。でも申し訳ないが、購入はしませんでした。だって同じ写真ですもの。 後に写っているのは、鷹狩山とは逆の方角からみた白馬岳。黒部アルペンルートは、平日とはいえ、かなりの観光客がいました。それも半分くらいが中国人です。日本人は、すでに、ほとんどの人がここに来ているのでしょう。中国本土の猛烈な経済成長によって、今は、どこにでも中国からの観光客がいます。今や中国の生産力や消費力がなければ、日本の経済は成り立たなくなっていることが良く分かります。 展望台からの黒四ダムです。この展望台までは、長い階段で来なくてはなりません。標高もあるのでフラフラになります。黒四は関西電力の所属。ここも当然ながら発電はしていません。夏は、観光放水をします。ここの最大発電能力は、新高瀬川発電所4基の内の一基分より少し多い程度。長野県、田中元知事の脱ダム宣言が良く分かります。現在の知事は、それをひっくり返し、100年に一度起きるかもしれない水害のために、穴あきダムを造ろうとしているんだって。 黒四ダムを黒部湖の方から見た景色。観光ツアーでは、ここまでは来ないので、ここには、観光客はいません。ここにはハイキングコースがあって、歩くことが出来ます。キャンプ場やロッジもあります。黒部渓谷は、今尚、人間の侵入を拒む厳しい峡谷です。黒四ダムの開発も映画ができる程、厳しいものでした。その昔、そんな冬の峡谷に、いどんだ人間がいるとのこと。戦国時代の佐々成政です。秀吉軍に四方を囲まれ、富山から家康のいる浜松まで、この北アルプス黒部渓谷を抜けたとのこと。正に命知らずの行動です。 黒部湖の回りを歩いてキャンプ場まで来ました。山側が開けたので、ふと立山の方を見ると、大観峰が見えるではないですか。これは、ちょっと感動ものでした。 と、思っていたら、後で写真を整理していたら黒四ダムの展望台からの写真も大観峰が写っています。 佐々成政の話を聞いて、ちょっと疑問が残りました。もしも、成政軍が何も知らず、この無謀な行動にいどんだなら、間違いなく遭難していただろうと。まして往復できたのだから、間違いなく山を知っている人間が、いたに違いないと。今と違い、登山の道具など何もない時代に、人々は北アルプスを越える手段を身に付けていたと言う事なのです。気の遠くなる人類の歴史の中で生きるという進化をし続けてきた人間の知恵。正にロマンではないでしょうか。
高校時代の友人が数人集まりました。昨年、たまたま無職になった3人で集まったのがきっかけで、今回は、一人がまた無職(無職⇒会社員⇒無職)になったので、お祝い会をやろうということになりました。でも今回は、もう少し集めようということで、1テーブルに入るくらいで平日6時に集まることができる合計7名が集合しました。でも、実際には仕事をしている人は、6時集合なんて無理と、後で怒られましたけど。 幹事がミニクラス会のメールを出したところ、しばらくして友人の息子さんから返信が。友人が、くも膜下出血で急死したとのこと。みんな、ショック! この日は、彼の昔話をして供養しました。 あと10年、20年もしたら、そういう話が増えるのでしょう。「お前いくつになったの?」 って、聞きたくなるくらい、みんな立派に年をとりました。言い換えれば、立派に人生を過ごしてきたのです。頑張ってきた最後の団塊世代。人生は、まだまだ楽しいことがたくさんあります。 元気で、みんな一緒に生き抜くぞ・・・! |